せんくつにっき

思うこと、感想、とかとか

210722日記 過程と結果

・五時じゃん。日記書こ。今日は暦の上では木曜日だけど、連休中なので曜日なんかどうでもいいっすからね。強いて曜日を気にする要素があるとすればゴミの回収日くらいか。そのほかはあんまり思い当たらないし、実は曜日が生活に影響することって少ない気がする。私のように休みはあんまり外に出ない過ごし方をしてると、特に。

 

・いや、今日はちょっと出歩こうかなとは思ってたんですけどね。昨晩くらいまでは。ただ、こう、めんどくさくって。だってあれじゃないですか、連休中っていつもより街にも店にも人が溢れる感じするじゃないですか。加えて一応は五輪中ですよ。それがどう繋がって街に人が増えることになるのかは私もよくわかんないけど、とりあえず私の脳裏には人ごみが浮かんでしまったわけで、感染症対策って大義名分もあるし、じゃあもう出ませんよね。家から。部屋から。つって明日あたりには食料の買い出しに出かけなきゃならんのですが。

 

・来年の今ごろには感染症のことなぞほとんど気にしなくていい社会になってんのかな。そーうだったらいいのにな♪ そうじゃないからファンタ飲も♪ いや後半は冗談ですが。そうであってほしいとだけ思ってますとも。ただ、ただね? マジな話、コロナの影響を受けたものの中には、ずっとそのままでいて欲しいなと感じるものもあるわけで。ざっくり会社の飲み会やらのことだけど、飲食店で一席開けるあれとかも個人的にはずっと継続してほしい。せめてカウンターででも。ただ、これらの願いはおそらくは届くことなく、部署の飲み会は最低でも年に四回開催され、真横に汚い食い方をする人間が来ないことを祈る博打が再開されるのだろう。

 

・もちろん、感染症の影響で望ましい現実が得られているからと言って、感染症そのものを望ましいと評することはないけども。願いが通じて飲み会が無くなった場合も同じく、だ。結果と過程の評価は別個に行われるべきだろう。過程が結果を目指していたかどうかも関係ない。理想論だけどもね、それも甘ったるい。正しい過程でのみ、正しい結果を得ようだなんて。

 

・だけどやっぱり、正しくないことは正しくないから正しくないのだ。どこまで行っても不正なのだ。正しいことを正しく行うのは、それは常に念頭に置いておかねばダメなのだ。正しさというのは前提で、1+1=2のようなものなんだから、そこを破綻させてはいけない。場合によって容易に曲げ伸ばししていては、正しさの価値が薄れるだけだ。