せんくつにっき

思うこと、感想、とかとか

210221日記 大瓶のなかの斑模様

・日曜日終了。明日仕事かめんどくせぇ……略してあしごめ。日曜日はいつもあしごめ。火曜は祝日だからまだましだと数日前の私は余裕ぶっていたのだけど、ここまで近づくと今度は”後”のことを考えて逆に憂鬱になる。祝日が終わった後の、しばらく次の祝日がない期間のことを。たしか今年の3月は祝日がないんじゃなかったっけ? めんどくせぇ……。

 

・死の恐怖は決して消えてくれないもので、私ぐらいになるとほぼ毎晩のようにそれを想ってはガタガタ震えている。うそ、ガタガタは震えてない。寝つきが多少悪くなる程度。ほぼ毎晩のようにはホントだが。ある晩は地獄に怯え、ある晩は転生に怯え、またある晩は永遠に怯え、そしてある晩は無に怯え。とはいえ、恐怖のパターンもそう多くはなし、なんとか理屈をつけたり考えてもしょうがないと頭の中で連呼したりで眠れぬ夜と戦っている。

 

・こう書くとなにがしかのノイローゼのようだけど、そんなに実害は生じてないので障害認定は不要だ。寝つきは悪いが悪いだけで、睡眠時間は足りているし、解消するにしてもどうせお薬出されるだけだ。睡眠薬を服用しての睡眠というのを私は一度も体験したことがないが、多少寝つきが悪くとも自然に眠りに入った方がいいんじゃないかと、私のなかの自然信仰派が主張している。特に反対する理由もない。

 

閑話休題。だいたい怖がるパターンというのは決まっているのだけど、つい先日新たなパターンが仲間入りした。毎度怖がってはいるつもりがなんだかんだ繰り返しのパターン相手だと慣れていたようで、久しぶりの新規の恐怖はなかなかのものだった。

 

・「本当は怖い○○(任意の子供向け作品)」みたいなコンテンツに触れた人は少なくないと思うが、そのひとつである「どこでもドアの恐怖」みたいなのは知ってるだろうか。ざっくり言うと「どこでもドアを通るとき、テレポートの過程で人体は分子レベルまで分解され、移動先で再構築されると思われるが、分解の瞬間にその人は一旦死んでいるのでは」みたいな話だ。詳しく知りたければググればいい。露悪的で悪趣味なサイトが教えてくれる。

 

・安全で便利と思われていた道具が実は……というのが恐怖ポイントで、この話は分解前後で意識の連続性が無いことを前提としている。通る前の人間の意識はそこで永遠に失われ、転送先で新規の意識が誕生する、と。逆に言えば、それがありさえすればどこでもドアの恐怖はなくなるな……と先日の私は布団の中で考えていたのだが、そこでふと、それはそれでの新たな恐怖に気づく。体の分解後、つまり死後も、同一構造で復元さえすれば意識とともに蘇られるのであれば、逆に言えばそれが起きない限りは永遠に意識は暗闇のままということで、そしてそれが自然に起こる確率は限りなく0に近く、しかし0ではないということだ。

 

・真っ白な部屋にあなたはいる。窓はなく、扉がひとつ。ほかにはなにもなく、あなたは扉を見つめている。ほかに出来ることがないからだ。部屋を出るための鍵のことを、あなたは実は知っている。扉には大きな水槽が埋め込まれており、水槽のなかでは色とりどりの砂が詰まった、胴体ほどの大きさをした大瓶が、止まることなく不規則な回転運動をしている。砂は一粒一粒が異なる色をしていて、大瓶の運動に伴い、絶えず異なる斑模様をあなたに見せている。瓶と砂が、扉の鍵だ。あなたが部屋に入った瞬間、扉が閉まった瞬間の、あの砂の色彩と同一のものがもう一度再現されない限り、あなたは部屋を出ることができない。水槽に阻まれ、砂の色彩に干渉することもできない。あなたはただ、ただ見つめている。