せんくつにっき

思うこと、感想、とかとか

200522日記 達成感の共鳴

・金曜日終了。週末つってもなんの予定も立ててないが、どうしようか。アレだな、ここで調子乗って街に繰り出してコロナ貰ってくるってのが1番嫌なパターンだけども、それ避けてたら一生家から出れないな。わりと仕事以外で家出てないのはそうなんだけど。

 

・とはいえしたい事もないのに無理矢理外に出るのも意味が分からないので、今週末もいつもと変わらず自宅だな。近隣住人はどうも帰省しそうな雰囲気なので、気兼ねなくウクレレでも弾いてようか。人目(人耳?)を気にしてもうしばらく触ってない気がする。よくない。

 

・少し前から耳には入ってた話だけど、来年もオリンピックが出来なさそうならもう中止とのこと。その場合はまた開催地選定から入るのだろうか、それとも本来の時期に東京でやるのだろうか。五輪は基本興味ないし、他のイベント等への影響を考えると日本での開催は渋い顔で見るしかなかった私だけども、準備してたものがオジャンになるというのは別問題で心が苦しい。開催に向け、私の知らない誰かの尽力は確かにあったわけで、それが徒労に変わるのだ。

 

・私は比較的協調性に乏しく、『みんなで頑張っていいものを作ろう!』みたいなのとは距離を置いた人生をここまで過ごしてきた。そういうのって学生時代に遭遇する機会が多かったわけで、まあこういう青臭いのは就職するまでだな、とか学生時代は斜に構えてたのにだ。いざ就職すると、社会にもわりとそういう精神はあるんだなと意外に思った。というか現在進行形で思っている。もちろん、そんなのは私の周囲けという可能性もあり、少ないサンプルで社会全体を語るのはよろしくないのだが、それでもなんだろうか、いい年こいた社会人、それも能力的にも尊敬できる方から『協力は素晴らしい! それによる成果は尊い! そこはお金や損得じゃない!』みたいなのが出てるのを見るのは、ちょっと社会とのギャップを感じてしまう。

 

・雇用される側である労働者が給料以外の何かでモチベーションを上げようとすると、達成感などの精神的な充足を求める方向に走るのは合理的だ。私だってそれに頼ることがないではない。そして、協調性パラメータが一定を超してる方々が目的を一つにしその達成を共鳴し合うことに成功すれば、充足は駆け上がるように増え続け反動でモチベーションもうなぎ上りになる、全く合理的で、私はステータスが低いかなんらかのデバフがかかってるせいでその恩恵を受けられないと、それだけの話だ。