せんくつにっき

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小説感想 米澤穂信『巴里マカロンの謎』

・『小市民シリーズ』11年ぶりの新刊ということで、このブログでは初めての小説の感想記事をば。というか、作品としても僕ヤバ以外で感想記事を書くのはじめて。日記ではちょこちょこ書いてるけども。一応ネタバレ注意。ほんと一応ね。

 

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

 

 

・時系列に沿った4つの短編からなり、最後の書き下ろしにそれまでの短編の出来事が収束したりしなかったりする、まあいつもの米澤穂信の構成のやつ。米澤先生既刊でいう一つ前の『Iの悲劇』ほどではないけども。そしてメインキャラは当然、我らがおなじみ小市民『小鳩常悟朗』と『小佐内ゆき』のコンビ。小鳩の腐れ縁『堂島健吾』と今刊限りのキャラ(おそらく)である『古城秋桜』(すごくいい子)も出ます。どうでもいいけど常悟朗って名前、なんかイカツイよね。

 

・時期としては高校1年の2学期の開始から年明けにかけて。1年の春の出来事である『春期限定いちごタルト事件』と2年の夏の『夏期限定トロピカルパフェ事件』の間に位置する。まだ2人の互恵関係は健在な時期に起きた、スイーツにまつわる4つの事件について。いや、厳密には『紐育チーズケーキの謎』と『花府シュークリームの謎』はスイーツ自体は関係ないけども。……花府=フィレンツェって、ざっとネットの海を探した限りそういう表記は見つからなかったけど、なんかの本から持ってきたんだろうか。『フィレンツェ』で『花の都』という意味らしいので、納得はできるが。

 

・前置きはこのくらい。全体通した感想としては、当然に面白かったと言うほかない。好みで言うと、最近の米澤先生の作品では『Iの悲劇』よりは好きだけど『本と鍵の季節』ほどではない、といった感じ。小市民シリーズの中では……うーんどうだろう。1番好きなのは『秋期限定栗きんとん事件』で、あとはダンゴかな。

 

・米澤先生らしく、どことなくザラザラした後味が残る短編が多いけど、書き下ろしのラストだけはえらくポップに終わったな。

 

・このシリーズ、オタク的衝動に任せて「小佐内さん可愛い」とすぐに言いたくなってしまうけど(「それにはおぼやないわ!」ですよ。ちょっとあざとすぎる)、一方でまた別の冷静なオタクが「おい待て、『秋期限定〜』を忘れたのか」って冷や水をぶっかけてくる。あれを読んだのはわりと昔だけど、多少ダメージを食らったのは覚えている。レシート越しのキスの代償、自業自得ながら可哀想だったもの。

 

・2人の(特に小佐内さんの)、自らの衝動に対する向き合い方が好き。『互恵関係』だの『性向』だの、字面だけ見るとなんか厨二病の抜けきってない2人だなぁと思いそうになるが、両者ともにそれなりに真剣だし、一方でワカモノらしくつい衝動に流されちゃう。不幸なのが、衝動に従っても大体はうまくいくだけの能力を『持ってしまって』いるのだ。卵と鶏どっちが先かは知らないが。

 

・印象に残ってるセリフ。『紐育〜』の「だからわたし、なにもしなかったのよ」と『花府〜』の「だってあの子は、いい子だから」……両方小佐内さんじゃないか‼︎

 

・いや実際、今回小鳩くんは探偵役で語り部以上のものを見せていない、と思う。なんなら『伯林あげぱんの謎』ではいろいろ理屈を捏ね回し、謎に取り組むことにウキウキしている(「嬉しそうな顔しやがって……」(堂島))。お前苦悩とかどこ行ったんだよ。

 

・小鳩くんはいいや。小佐内さんだ小佐内さん。「だからわたし、なにもしなかったのよ」は、このセリフというより地の文で語られた『冷たい笑顔』ありきで印象に残ってる。復讐の完遂を確信したからこその笑顔…と取っても大差はないだろう。そこに悔やみとかは感じられなかった。なにせCDを置いてきただけなのだ、手は全く汚れていない。「流れに身を任たらこうなった、仕方なかったの」と言っても通るやつで、責められるいわれがない。ある意味『伯林〜』で小鳩くんがウキウキと謎に取り組んだのと大差はない。

 

・復讐に笑みを浮かべながらも、小鳩くんの「すてきな小市民だ」という賛辞に「それは違う」と誤解を正したのはどういう心理だろう。自らは復讐を我慢したのではなく、手を下さなくともよさそうだから手を下さなかっただけだとわざわざ訂正し、それでいて笑みは隠そうとする。

 

・そのまま、『すてきな小市民なんかにはなれてないのは伝えたいが、まるで近づいてないとは思われたくない』と取るのがいいだろうか。うーんわからん。

 

・「だってあの子は、いい子だから」。後輩で友達の古城さんが、自らを貶めた人に復讐を選択すると思うかと問われての、小佐内さんの回答。単純にひっくり返し、復讐を選択する自分はいい子ではないという自覚が伺える。小鳩くんも、謎に首を突っ込もうとする自分を『小賢しい』だの『賢しらに』だのと悪しき様に言う。それなりのトラウマがあってのことなのでこうもなろうが、はて小佐内なんにはそういうのあるんだっけ?忘れちまった。

 

・細かいところはいいや。単行本としては11年ぶりの小市民シリーズ、非常に面白かったです。小佐内さんの涙のわけに気づいた時が1番笑いました。最後の話に向けての伏線じゃなかったのかよ。