せんくつにっき

思うこと、感想、とかとか

190914日記 タラタラ

・土曜日。ご機嫌な週末だけど、やることなどないのでダラダラしていよう。食料の買い出しぐらいは行かねばだが、着替えるのも外出るのもダルい。『ダラダラ』と『ダルい』って、語源的に共通のものとか持ってないんだろうか。意味と語感がふんわり近い気がする。

 

・調べてみた。『ダラダラ』は『タラタラ』から来てて、『垂れる』が元らしい。ゆっくり液体がしたたるさま。一方の『ダルい』は、元々『たるし』という言葉が変化したそうで、その語源は『身垂る、身垂らし』。語源辞典より。どちらも『垂』があるな。

 

・語源辞典は良いサイトだ。掲載内容はどこぞの研究から引っ張ってきている二次・三次情報であることは重々承知で、どこまで信用すべきかと言われれば、基本は自分の知的好奇心を満たす用途以上にはするべきでないものだろうが、それで充分だ。指先だけでテキトーに検索し、それっぽい解説を頭に入れてくれるのだ、コスパが高い。

 

・ソースとか書いてくれても、そこまで見ないことが多い。いつだったか、『環境活動家がそのこだわりから死んでしまった!』みたいな見出しのニュースがあって、そこにはちゃんとソース(海外サイト)も付いていたんだけど、ほとんど誰もソースを見ずに反応していたことがあった。プラごみを減らすために金属製のストローを使用していたら、転倒した時にそれが喉に刺さって……という内容で、それに誤りは内容だったが、ソースを確認してもどこにも『被害者は環境活動家』という話は出てこなかった、つまり『環境活動家』というのは真っ赤な嘘で、どうやら環境活動批判を行うために意図的にその情報を足したらしい。ただ誰もソースをちゃんと見ていないので、かこつけて『極端な』環境活動に対する批判と応報を語っていた。かくいう自分も、虚偽であるという指摘を目にするまではソースを見ることもしなかった(そもそも興味のない題材だったためスルーしたという方が正しいが)。

 

・『環境活動家』だの『菜食主義者』って、その活動、行動の極端さをネット上では叩かれることが多いように思う。極端さだけじゃないか。『一見しての正しさ、正論感』を目にすると、ちょっと気分が悪くなる人は少なくないんじゃないか。それは、自分が『そう』でないことに対してのもので、だからまずその『正しさらしさ』を否定したくなる。いや、環境活動だのが正しいかも間違ってるかも知らないが、少なくとも活動している人は正しいと思っているのだろう。

 

・↑で挙げたニュース(偽)なんかは、そういう思いを抱えた人が、自分で調べて理屈をこねたりせずに、彼らの『正しさ』を否定できるからバズったんだろう。